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情報社会化による人間及び社会の変化

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Ⅰ.情報化が人間とその支配関係に与える影響

文字情報が主要な情報である社会(物財生産社会)では、安定した主体が生み出される。印刷物の頒布などによって伝達される文字情報は、現実がもたらす膨大な情報から抽出され、概念化された一部の情報であり、そのような情報に対する理解力の訓練を受けた主体に対して理解力の程度に相応した情報が伝達される。その結果、本に書かれた文字情報等、精選された高品質の比較的少量の安定した情報に基づいて人格が形成された少数の支配的主体と、生活範囲の共同体内における人間関係と経験とによって植えつけられた極めて少量でかつ限定された安定した情報に基づいて人格が形成された多数の従属的主体とが生み出され、何れも安定した主体が生み出される。
一方、電子情報が主要な情報である社会(情報社会)では、浮動する主体が生み出される。情報が電子化されて膨大なデータの伝達・処理能力が実現されたことで、種々雑多な大量の情報が種々の多岐にわたる電子メディアを介して伝達される。それらの情報は、高品質の精選された情報から、単なる思い違いや思い込みによる情報、知識不足による不十分で不適切な情報、無知による誤情報、意図的なうそ情報、デマ、風評などが含まれ、かつ高品質な情報は高コストな特定の情報回路を介してのみ伝達される。その結果、インターネット等による大量の情報と特定の限定された情報回路で取得される精選された高品質の情報とに基づいて人格が形成されるとともに行動を決定する少数の支配的主体と、テレビやインターネット等による低品質で信頼性の低い情報の多い大量の雑多な情報に基づいて浮動的に人格形成された多数の従属的主体とが生み出される。かくして、少数の支配的主体は広範囲で雑多な情報を参照しながらそれを高品質の情報でフィルタリングすることで広くかつ高品質の情報に基づいて人格形成されて比較的安定性の高い主体となる一方、多数の従属的主体は安定性が低く浮動する主体となる。
しかし、電子情報によって生み出されるこのような状況に対しては、普遍的にかつ可及的に高度な教育を一生涯にわたって充実し、かつ多元的な情報回路と仲介機構を構築して、支配的主体が入手する情報を従属的主体であっても入手・理解できるようにすることで、支配的主体・従属的主体間の垣根を可及的に低くすることが可能である。そうして、支配的-従属的主体関係を非固定的でかつ分野ごとに限定されたものとすることが必要である。仲介機構としての役割を担う具体例としては、NPOなどの多分野の各種組織や団体がそれぞれ行うセミナーや講座などの活動を挙げることができるとともに、特にその講演や討議や講義などの内容を有料若しくは無償でインターネット等を介して広く頒布するのが効果的である。本来は、テレビなどのマスメディアがその中心的な役割を担うべきであるが、視聴率の確保を至上とすることで、片寄った一辺倒な見方によるセンセーショナルな報道によって扇動するばかりとなっており、このままでは衰退して行くことは必至である。かくして、情報社会に向けて実現すべき重要な課題は、教育及び多元的な情報回路と仲介機構の構築である。
なお、上記における主体とは、不特定多数の個々の人間としての私的な主体であって、それは歴史社会的な共同主観に規定されて実存する認識・実践主観として世界と関係を取り結んでいる主体であり、客観的実在としての客体に対置される非歴史規定的でそれ自体で自立的な主体、いわゆる主体-客体関係に置かれるような主体ではない。

Ⅱ.映像情報が人間の認識系に与える影響

膨大なデータの伝達・処理能力の実現によって、映像情報を、特に3D映像情報でさえも、必要に応じて何時でも何処にでも伝達することが可能となる。そして、それにより認識レベルで現実との相違が格段に少ないバーチャル空間が成立するようになる。例えば、ゲーム上のバーチャル空間における体験(?)が現実の体験と同じ意味と重みを持つものと受け取り、その間に差異を認めない認識と行動をとる者が出てくるようになり、極端な場合には現実から逃避してバーチャル空間に入り込んで引きこもってしまう、ネットゲーム中毒者を生み出すような事態となっている。このように、現実とバーチャルの間の垣根が低くなり、さらにバーチャル体験で現実の体験を代用させ、ついにはバーチャル体験と現実体験との間で体験としての区別が無いものとして認識する傾向が強くなってくる。
また、一般に、伝達された情報に対して当初は現有している認識体系に則って判断して抵抗があった場合でも、同種の情報が繰り返し伝達されると、人間の頭脳の構造からして心理的な安定性を保持するために抵抗を続けることが困難となり、そこで一旦この種の情報に対する認識を無視・消去した後、ついにその情報を無自覚に受け入れて真実化するという刷り込み効果が生じるが、特にデータの伝達・処理能力の膨大化によって、映像情報を含めて大量の同種の情報を繰り返し伝達することが容易となると、この刷り込み効果を顕著に発揮させることが可能となる。
このように映像情報などの伝達・処理能力の膨大化で、バーチャルと現実との区別がなくなるとともに刷り込み効果が顕著に発揮されるようになることで、体験・認識が浮動化して無自覚なまま容易に感性や認識がコントロールされる恐れがある。その結果、どのような映像情報を発信するかの選択権を有するものによって現実認識が左右されることになり、認識が自在に支配される恐れがある。
さらに、限られた文字情報に基づいて現実的な状況を概念的・理性的に認識するような認識の仕方から、情報量の大きい映像情報を一括して受け取ることで、状況を総体的に表している情報であると錯覚し、それによって理性的な認識を介することなく直接的に感覚的・感性的に状況を認識し、感情的に反応するという認識の仕方に変化する傾向がある。そのため、人間が社会的に生きて行く間に獲得・形成される認識系の構造も影響を受けることになると考えられる。このように大量の映像情報が伝達されることで、認識の仕方、すなわち認識系に変化を来たしてしまい、主体(人間)・社会の可塑化を来たすことになる。
このような事態の発生に対する対策としては、多元的な情報回路を通して多面的な映像情報を伝達することが必要であり、健全な情報社会の実現にとって、情報回路の独占を阻止して多元化することが極めて重要なことである。また、「百聞は一見にしかず」とは言え、限られた映像情報では適切な現実認識が得られないばかりでなく、映像情報から得られる表面的・感覚的・感性的な認識では現実を正しく認識できるものではないこと、そして表面的な現象をもたらした目に見えない関係、幾多の要因がどのように絡んで目に見える現象を生じているのか、その関係を概念的・理性的に認識して始めてその現象を認識したことになるということ、認識とは関係を認識することであるということを、改めて確認する教育が重要である。