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情報社会に向けての経済構造の展開

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  3. 情報社会に向けての経済構造の展開
 情報社会に向けての経済構造の展開

 Ⅰ.はじめに
 日本は、情報社会に向けて、日本的経営システムと複合したフォード・ケインズ・システムを脱する過程にある一方、問題の多い新自由主義・市場原理主義に対して一線を画して、いかなる経済構造に向けて展開すべきか、その方向性を見失っているのが現状である。
 デフレ的な停滞状況にある現況に対する当面の対策としても、経済成長を促進する対策が必要であると指摘するだけである。しかも、従来の公共事業などによる景気対策ではあまり効果のないことは分かっており、そこで新自由主義的な規制緩和と、新しい産業育成や環境対策に関連する事業に対してとは言え、莫大な財政赤字の中でさえ補助金をばらまくケインズ的対策が必要であるというような、統一性の無い、よく言えば複合的な断片的対策は述べられても、戦略的に将来の経済構造に繋がるような対策としては提起できていない。
 Ⅱ.日本的経済構造
 以前の日本的経済構造は、企業内の職務と賃金の年功序列体系と終身雇用、稟議による合意形成・責任分散型意志決定、株式持合による企業系列、銀行主導による間接金融、政府(官僚)の業界に対する行政指導による経済の調整・運営、企業の長期的視野による経営と企業内蓄積、企業・社会の安定化に必要なコストとしての労働者保護と社会保障の充実などが有機的に組み合わされた構造であった。
 このような構造が成立する前提は、商品(物財)の価値低下が遅く商品寿命が長いために商品生産の安定性が高く、投資や技術革新に対する利潤が充分に得られる程にそれらによる効果が長く得られ、また経済が一国単位で安定して効果的に運営可能であり、企業の資本蓄積と技術革新によって高い輸出競争力を維持できるとともに、商品輸出先の海外市場が存在したことである。
 Ⅲ.構造改革
 このような日本的経済構造は、情報化の進展による利潤率低下とグローバル化によって存立できなくなってしまい、日本的経済構造を改革する必要性が明らかとなった。
 ただ、その構造改革は歴史的経緯から外部(米国)から強制された新自由主義思想によるものとして提起されることになったのである。構造改革が必要であるとされた表面的な理由、誰もが一理を認めざるを得ない理由として、政治家・官僚・業界団体の癒着構造による腐敗と不公正な競争を経済停滞の原因として挙げ、それを改革する必要があるとして宣伝されたが、理論的な理由としては、日本的経済構造は自由な競争が阻害されていることで非効率となっているため、本来持っている経済の成長力が阻害されているのであり、規制を緩和し、完全な自由競争を取り入れさえすれば、米国のように再度成長経済に復帰できるというものである。しかし、新自由主義思想による構造改革は、米国からの「日本の不公正な市場を改革せよ」(=「日本の市場、特に金融市場を米国の投機資本に全面開放せよ」)という要求に基づいて、市場機能重視による投機資本のための改革として提起されたのである。
 構造改革の具体的な政策としては、規制緩和と民営化と財政赤字削減が提起されている。
(ⅰ) 規制緩和
 規制緩和に関して、対象となる規制の中には社会生活の安全・安心のために必要な規制があり、そのような規制は緩和すべきでも無いし、緩和できる筈も無い。しかし、社会生活の安全・安心が徐々に拡大解釈され、業界保護・競争緩和のための規制が行われるようになるとともにそのような業界と官僚の癒着が顕著となって既得権益化していたという面が現に存在していた。既存業界を過剰に保護しているような参入規制・料金規制などを撤廃して競争を促進する規制緩和である限りでは、一理が認められるのであるが、過当競争による弊害発生防止の観点から導入されたものについては程度の問題である。また、既得権益化した既存業界に対する参入規制などを撤廃すると、競争による効果が見込まれるが、その一方で社会的に必要な事業を担っていた業者が競争によって排除され、社会的に必要な事業が提供されなくなるというような事態が多々発生してしまうという問題がある。したがって、規制緩和に当たっては見識の高い検討が必要である。しかるに、市場原理主義的発想は、規制緩和を徹底して競争によって敗者を市場から退場させることで、経済の効率化・活性化を図ることができ、国際競争力を強化して経済を成長させることができるというのである。
 さらに、規制緩和で特に重要なのは、労働規制の緩和である。グローバル化や情報社会化の進展に対応するために労働流動性を高める必要があるという理由はそれなりに根拠があるが、労働者保護とそれによる社会の安定性のために必要であった規制が、必要な準備を十分に行うことなく安易に撤廃されたというのが現状である。例えば、比較的高賃金の高度な業種に限られていた派遣労働が、低賃金の一般的な労働に広げる規制緩和が行われたことによって、低賃金の非正規労働者が一挙に拡大し、不況になると派遣切りされた派遣労働者が住処すら失って路頭に迷うといった状況が見られるようになり、社会的不安定を来たす原因となっている。労働流動性を問題にするのであれば、本来は終身雇用と年功序列の体制下にあって企業内労働組合を結成している正規雇用の労働者を対象にして対策を講じなければならない筈である。
(ⅱ) 民営化
 民営化は、国鉄の民営化に習って、官僚主義的で非効率な運営によって無駄な財政負担を強いていた高速道路公団・住宅公団等を民営化することによって財政負担の軽減を図ることを意図したものである。また、郵政民営化は、郵便事業に関しては上記と同様であるが、郵便貯金や簡易保険に関しては、300兆円に上る郵便貯金資金を政府の手から市場に放出するかどうかの問題である。元々郵便貯金資金は、政府の産業政策を実現するための財政投融資の資金として利用され、日本の産業振興に寄与してきたものであるが、確かにその融資体制からは歴史的使命は終了し、国債の消化に使用されることで無節操な財政赤字の元凶となり、また不良債権化することが明白な無駄な投資が行われるという極めて非効率な資金使用の元凶となっていたという指摘にも一理が認められる。しかし、郵便貯金資金が拙速に金融市場に取り込まれると、米国の投機筋の餌食になるのは明らかであり、本来は時間を十分にとって必要な対応策を講じた上で、すなわち民営化した郵貯銀行が自らの資金の運用能力を確保した上で民営化すべきものである。
(ⅲ) 財政赤字削減
 財政赤字削減は、表面的には官僚機構による無駄の削減が標榜されているが、本体はあくまで福祉削減をターゲットにし、また間接税である消費税の増税を目標としたものである。具体的には、健康保険料の値上げ・受診料の自己負担増加により医療費の増加を吸収し、年金支給年令を引き上げたり、年金支給額を引き下げたりして社会保障を削減することにある。その結果は、労働規制の緩和による貧困化と相俟って国民年金の保険料納付率が著しく低下して年金制度そのものが成立できなくなる恐れが出てくるなど、社会保障制度の立て直しが必要となっている。
 このような新自由主義思想による構造改革の究極的な態様は、人々に政府や労働保護制度に依拠せずに自由競争市場で自らの責任によって稼ぐことを求め、競争の敗者に対しては、自己責任を強調して人間失格を烙印されたような状況に追い込む最低限のセーフティネット以外は、再生のための補助や助成を行うことはせず、また社会保障や社会福祉なども民間・市場に任せ、政府の干渉は避けるというものである。そのため、中間層の解体・消滅による社会の不安定化をもたらして多くの社会問題が顕在化してきている。市場原理主義的経済体制は、「市場の判断=投機家の判断・挙動」を「神の判断」と見なすことにより、市場即ち投機家の挙動によって経済だけでなく社会と人が振り回される体制であると言える。
 Ⅳ.新しい経済構造に向けて
 現在は、このような一面を有する構造改革が、種々の問題を孕みながらも経済再編の必要性により、またグローバル化を推し進めようとする米国などの圧力を受けたことによって着実に進められており、日本型経済システムの完全解体が進行中である。これを阻止して元に戻すようなことは不可能であるし、それは情報社会に向けて逆行することになる。しかし、新自由主義的な市場原理主義経済に移行するのは問題が多すぎる。そこで、情報社会に向けて矛盾を可及的に少なくして円滑に移行できる新しい経済構造を提起することが求められており、以下主要な項目について順次検討する。
 なお、日本はフォード・ケインズ・システムの崩壊が遅れたことによって、市場原理主義に本格的に移行して経済構造の壊滅的な崩壊を受けずに済み、次世代の経済構造に有利にかつ先行して移行できる可能性があるとも言える。
 Ⅴ.市場経済システム-価格変動の制動
 情報社会に向けての新しい経済構造における基本的な問題として、市場経済システムをどうするかということがある。生産・供給-消費の100%のコントロールは100%不可能であり、計画経済は全知全能の中央管理者でない限り恣意的な評価に陥って非効率的な経済となることは、社会主義国の崩壊によって歴史的に決着済みであり、市場経済システムそのものは不可欠である。また、物財やサービスや情報の抽象的な価値は市場において価格として体現され、市場における価格システムによって恣意的でない社会的活動の価値評価がなされ、結果的に資源の適切な配分が実現されることになる。かくして、現状の資本主義経済構造から著しい断絶無しに新たな経済構造に展開可能である。但し、市場における価格変動に対しては、価格そのものが浮動的であることによって僅かな撹乱要因によっても不適切に大きく変動する可能性があるので、変動に対する制動機構を設けておく必要があり、適正な競争市場を確保しかつその適正状態を維持する規制制度が必要である。過大な価格変動が経済活動にいかに大きな悪影響を与えているか、その一方で投機家がいかに莫大な利益をむさぼっているかは常に思い知らされていることである。ただ、価格変動によって調整機能を奏する市場メカニズムを容認する以上、過大な価格変動はあきらめて受忍せざるを得ないとされており、事実として従来はそうであった。しかし、現在から将来に向けて、膨大な情報・デ―タを瞬時に処理できる情報処理技術の進歩を生かしてすべての市場取引をコンピュータ管理することによって、過大な価格変動に対して適正な制動作用を奏するように制御することは実際上可能である。そうすることで、新しい経済構造では市場経済システムを適用しながら、投機等による過大な価格変動によって問題が発生するのを解消することができる。
 Ⅵ.金融システム-銀行融資の再興・証券市場の適正化
 日本の金融システムは、主として大企業に対してはメインバンクを中核としてなされる融資とコーポレートガバナンスの組合せが主流で、一般的には主に不動産を担保とする担保融資がなされていたが、バブル崩壊による不良債権化とその後の新自由主義的構造改革に伴って、このような金融システムは普遍性をもっては存立できなくなった。優良企業は豊富な自己資金によって無借金経営を行ったり、資金調達を証券市場で低コストで行ったりするようになり、一方、一般の担保融資は不良債権化する可能性があるため、リスクをとって融資するノウハウを持たない銀行は、極めて低コストで資金調達ができる状況にあるにも関わらず、国債保有や無担保個人向けローン(サラ金)を扱う子会社に対する融資を除いて採算性の高い融資先がなくなっているというのが現状である。
 新しい経済構造における金融システムでは、銀行が担保に頼るのではなく、適切な企業評価に基づいてリスクを取って融資できるシステムを構築することで、間接金融である銀行融資を再興するとともに、証券市場を投機家の挙動によって過大な撹乱を受けることがないように制度的に適正化することで、証券市場で債券や株式を発行して資金調達する直接金融も発展させる必要がある。銀行融資においてリスクをヘッジするためには、多重に証券化した不透明な証券化商品を作り出すのではなく、銀行団によりリスクヘッジのための貸付保険機構を設立するとともに、企業に対する生産保険制度を作り出すのが好適である。融資先の企業は、将来性のある優良なベンチャー企業を中心とし、そのようなベンチャー企業群のネットワークを形成してリスクヘッジするのが好適である。特に、郵便貯金の資金はこのような事業に投資して日本の活性化資金として利用すべきであり、民営化した郵貯銀行の優良な投資先としてベンチャー企業のネットワーク事業を推進する必要がある。
 Ⅶ.企業形態-株式会社の変質
 新しい経済構造における企業形態に関しては、情報社会化の進展に伴って「株式会社」という企業形態の必然性が基本的に無くなり、「株式会社」は徐々に変質しながら衰退することになる。というのは、企業は企業内の人的組織と社会との関係として成立しているものであり、企業は社会的責任(CSR)を本源的に有している。「株式会社」を含めて法人格は多かれ少なかれ公的なものであって、「私企業」としての「株式会社」というのは明らかにまやかしである。株式会社において、単に資本金を提供しただけの株主は、本来企業の他のステークホルダーと権利的に同等である筈であり、株式会社を株主の所有物であるとしていること自体が資本主義に本源的な矛盾であると言える。法的に株式会社を株主の所有物とし、会社で働く人間を商品と同様に扱うことがそもそも誤っており、情報社会への進展によって資本の重みが低下することで、この資本主義の矛盾が顕になって来たと言える。また、法人企業において、コーポレートガバナンスが問題になるのは、企業を外部の株主の所有物とし、企業を運営している内部の人間のものではないとしていることから生じていることであり、企業を外部から監視・支配しようとすることによる無理と非効率をもたらしている。勿論、巨大な生産設備を必要とする物財生産を行う企業においては、当然のことながら、巨大な資本を必要とするために株式会社という形態の必要性はあるが、徐々に一部の特殊な産業分野に属する企業に関わる事柄となる。
 そして、「株式会社」という形態がたとえ存続したとしても、その存在態様において、現にその方向に移行しているように、株式会社を株主だけの支配・管理下に置くべきではないことが当然のこととなり、実体においてそれを現実化した企業形態が主流になって行くものと思われる。そのような企業形態としては、例えば従業員が主たる株主になっていることで、実質的に従業員によって企業が統治されるような形態が考えられる。
 また、その場合の企業の内部組織は、事業部・部・課・係というような普遍的・恒久的・位階的な年功序列制に対応した組織ではなく、またその意志決定も位階的な組織に沿って下から上に判を押して行く稟議書による責任分散型合意形成方式ではなく、各職場における具体的な事業対象ごとのプロジェクトチームが、事業対象間の関連性に応じて相互に連携した状態で集積した組織として構成され、年功序列的な職制が存在する余地はなくなる。また、企業の経営戦略や経営計画の策定、経営状況の報告・承認は、最高責任者である企業の代表者と必要に応じて極少数の専門アドバイザーとチーム代表またはチーム全員による戦略経営会議において、企業管理のプロジェクトチームによる報告に基づいて討議することによって行われ、その結果は直ちに関連する利害関係者に報告されるような組織運営が主流となるものと考えられる。戦略経営会議で必要とされる企業管理データの報告は、情報処理技術が進展したことによって、少数の専門の経営データ処理技術者からなるプロジェクトチームによって十分に可能であり、最早階層的な管理・支配体系は不要となる。
 Ⅷ.労働流動性-雇用安定基金
 新しい経済構造においては、高い労働流動性と安定雇用・完全雇用と社会的保護を確保することが最重要課題である。そこで、上記のような企業形態においては、旧来の年功序列に対応していた終身雇用を解消し、労働者は事業を遂行する上で必要とされる労働能力とキャリアに基づいた賃金などの労働条件で雇用されて労働能力とキャリアに対応した職務を行う職場で労働し、事業の廃止などによってその職務が必要で無くなりかつ同企業の他の事業や職場でもその職務が必要でない場合には解雇が可能な雇用制度にするのが適当である。但し、労働者を解雇する企業に対して、解雇に対する負のインセンティブとして、倒産しない限り例えば最大1年間、次の就職先が決まるまでの間、それまでの賃金に相当する補償金を支払いつつ次の就職先を探す支援をすることを強制するような制度を併用する必要がある。こうすると高い労働流動性を確保しつつ、ある程度雇用の安定性を図ることができる。
 また、このような企業に強制された制度によっては新しい就職先が見つからず、社会に放出された労働者に対する社会の側の制度として、次に雇用されるまでの間、例えば最大2年間、賃金の6~8割程度の給付金を受けながら労働能力を高める職業訓練を受けることができるような制度を創設し、そのため多彩な職業訓練・再教育システムを整備しておく必要がある。労働流動性と完全雇用をともに確保するための職業訓練は、韓国の一部の大学で採用されて好評を博している注文式教育(雇用企業が必要としている能力を獲得できる教育内容・カリキュラムを企業側からの注文を受けて教育するもので、そのカリキュラムの作成には企業側から人的・経費的な支援がなされる。)のような教育システムを採用した本格的な職業訓練でなければ十分な効果を発揮はできない。また、新卒の求職者に対しても、医者のインターンと同様に、一旦このような職業訓練校で教育を受けた後、就職するようにした方が好ましいかもしれない。
 また、上記職業訓練期間を経過しても就職が決まらないケースについては、後述の最低所得保障制度のような社会保障システムに移行し、生活の保護を図るとともに、労働教育を強い指導力とある程度の強制力を持って行う必要がある。そのために、社会の底辺における社会保障制度の現場で鍛えられた極めて優秀で人格的にも優れた多くの指導員を養成しておく必要がある。
 このような雇用制度の維持経費の財源に関しては、企業は質の高い労働力を社会から入手することを前提としているので、必要な労働力を自由に入手するための社会的コストは当然のこととして企業が負担しなければならない。具体的な財源としては、例えば配当と役員報酬の合計と同額を徴収して雇用安定基金とする、即ち企業の利益の半額を配当と役員報酬に充て、半額は雇用安定基金に充てるような制度が適切である。
 Ⅸ.社会保障制度-最低所得保障
 新しい経済構造における社会保障制度に関しては、フォード・ケインズ・システムを前提として存立可能であった現状の社会保障制度は当然のことながら改変する必要があり、そうしなければ社会保障制度自体が破綻・消滅してしまう恐れがある。公的制度としては、生活保護制度や各種障害者手当制度などに代えて、未就業者や退職者などの非就業者なども対象とする共通の支援・保障制度として単純化した単一の最低所得保障制度を設置する。また、健康保険制度は、国民全体の生命と健康に関わるものであり、老若男女に関わらず平等であるべきであるため、元々健康体である勤労者のみを対象とする健康保険組合制度は本来一般性を持つべき制度としてはいびつなものであり、単一の公的制度に統一する必要がある。
 一方、厚生年金・公務員共済・国民年金などの各種年金制度は、最低所得保障制度の存在を前提として、年金はその上乗せ分を対象とする制度として民間に移管し、民間の年金制度とする。経過措置においては、現行の年金基金の内、最低所得保障に対応する基金部分を国庫に入れ、上乗せ分に対応する基金は新たに設置された民間の年金基金、または各自の選択に応じて既存の年金基金に移管し、以降は国庫補助を無くし、民間の年金基金の運用実績によって年金支給額の変動を許容する制度とする。そうすれば、最低所得保障による受給額をそれだけで十分に生活できる金額に設定しても国家の財政負担を軽減することができ、かつ現状の年金をかけ続けた人が受け取る基礎年金だけでは全く生活することができない一方、生活保護を受ければ、全く何もしなかったにも関わらず十分に生活することができるというような矛盾を解消でき、また将来確実に予想される無年金者の増加による社会不安や財政負担の増加を解消することもできる。
 ただ、これは現在現役の労働者が獲得する賃金に比して過度に豊かな老後が保証されている大企業や公務員の退職者にある程度の犠牲を払ってもらうことで、社会の弱者と国家財政を救うものであり、了解を得るのに困難が予想される。しかし、こうしないと制度全体が破綻してしまうので、他の選択肢はないものと思われる。
 Ⅹ.税制度-累進直接税・定率間接税・低率法人税と雇用安定税
 新しい経済構造における税制度に関しては、直接税の所得税はその国・地域に住んで所得を得、生活している個人に対して所得に応じた累進課税で課税するのを基本とし、法人に対する法人税は、無税にしても良いが、低率の法人税を課税することで、税務調査により法人会計の透明化を徹底し税逃れや資産の不正移転を無くすことができる。また、法人税の対象の法人には当然のこととして宗教法人も含めることで、法人として求められるはずの組織や会計の透明化を図ることができるとともに大幅な税収増を確保することができる。間接税である消費税は、経済的な活動に応じたものであるので個人・法人に関係なく、一部低減税率にするとしても基本的に定率で課税する。
 また、法人税の低率化の代わりに、上述のように配当や役員報酬に当てられる利益金の半分を雇用安定税として徴収し、それに対応して配当は無税とする。一方、株式の売買益は所得であるから所得税の対象として累進課税をかけ、さらに保有株式の時価評価による資産に対しても、資産であるから固定資産税と同様に低率でも年々課税する。今では公開株式の保有は100%捕捉できるのでこの課税は可能であり、課税することで税収増加を図ることができる。なお、投資家である株主に対してそのような重税を課すと、外国の投資家が資金を引き上げ、国内の投資家が資金を海外に逃避して国内の株式市場が疲弊し、日本経済を衰退させてしまうという反論が直ちに出てくると思われるが、居なくなるのは投機家であって、株価を上下させるだけで経済的に全く無意味・無駄な取引が無くなる結果商いの規模は縮小しても、証券市場の健全化が果されて本来の投資を行うための株式市場に移行するものと考えられる。
 また、相続税を最高税率90%程度の超累進課税とすることで、社会の機会均等を図り、適正・公平な競争社会を構築する一助とする。また、財産の生前贈与は単純に受け取った側の所得とすることで所得税による累進課税の対象とし、慈善団体や公共団体への寄付は無税とする。
 こうして、高額所得層や資産家に対して適正な課税を行って税収を確保するとともに、法人に対しては高い会計透明度を要求する一方で税負担を低くして企業活動の活性化を図る税制とするのが適切であると思われる。
 XI.政府の制度と財源-地域自治体、国家戦略室、政策調整室
 新しい経済構造において、国全体の統治と公共財の確保に関わる政府の制度と財源に関しては、首相直属の内閣府、総務・治安、財務、外務、防衛、金融、経済・交通、教育・文化などの事業・事務は所得税と法人税を財源として行い、最低所得保障、年金、健康・医療、介護などの社会保障関連の事業・事務は消費税を財源として行い、雇用・労働関連の事業・事務は雇用安定税を財源として行うのが合理的であると思われる。
 また、当然のこととして、各地域自治体で効率的に事務管理できるものや各地域自治体で事務管理した方が実情にあった住民サービスができるものは、地域自治体にその事業・事務と財源を移管すればよく、中央省庁とその官僚は、全国規模で統一的に規定・実施すべき事項の検討・企画・計画の策定を主たる仕事内容とし、実施については基本的にどうしても必要なものについては自身で行い、そうでなければ各地域自治体に任せ、天下り先となる特殊法人、独立行政法人、公益法人などは作らないのが合理的で効率的である。
 さらに、グローバル化した新しい経済構造においては刻々流動する状況を長期的で一貫した視野の下で応答性よく的確に分析して明確な国家戦略を政府全体で共有することが極めて重要であり、また情報化による社会の複雑化によって省庁間に跨った対策をするべき案件が多くなっており、それらの解決のために、内閣府に国家戦略を扱う国家戦略室と各省間にまたがる案件について調整する政策調整室とを設け、政策調整室では省間にまたがる案件が何れかの省や地域自治体から持ち込まれると、政策調整室でその主導のもとで各省庁の担当大臣官房が相互に連携調整して統一した政策を作り上げ、それを各省庁に持ち帰って大臣の最高決定事項として実行するようにすることで縦割り行政の悪弊を解消する必要がある。
 XII.グローバル化と地域経済-特性を生かしたネットワークによる日本再生
 情報社会化の進展によるグローバル経済においては、一国単位で自立的にかつ効果的に運営できるような経済構造は最早あり得ない。したがって、日本の経済構造をグローバル化と利潤率低下によって崩壊したフォード・ケインズ・システムに戻すことによって、再び経済成長構造に向かわせるというようなことは不可能である。その一方で周囲のアジア新興国では、グローバル化によって日本を含む外部の資本が流入し、安価な労働力と結合して日本を含む外部に向けての輸出型経済による成長経済構造が成立しており、日本とアジア諸国とが相互に連携した関係が現に成立している。即ち、グローバル化によって日本周辺に産業化を達成した国々が成立している状況であり、そのような関係の中で日本経済の特性を生かして国際分業の利益を引き出すことができるような構造へ日本の経済構造を転換する必要があり、そのためにどうするかが課題となる。
 この課題の認識の仕方として、現在一般的に行われているように国・地域の利害を前提にして他の国・地域との関係を近視眼的に検討するのではなく、視点を変えて、グローバルな経済構造の中で各国・地域の繁栄はどのようにして可能かというように課題を設定し直す必要がある。グローバルな経済構造の中では、各国・地域はある程度の自立性を持ち、それぞれが特性を有する経済単位として存在しており、その特性を生かしてグローバルな連携を分担することで、最適・最大の利益を享受して繁栄することができるのであり、そのためグローバルな経済構造の視点から自らの国・地域の特性を生かす役割を検討し、その役割を果す対策を講じることによって利益を享受しようとする必要がある。東アジア共同体に向けての日本の対アジア戦略、特に対中国戦略ではこのことが重要である。
 このような観点から日本の現況を改めて見てみると、日本の製造業においては、大企業の製造部門の多くが海外に移転して現地で生産するシステムに移行し、傘下の部品供給企業も現地工場を設置しており、現地の企業体とともに東アジアでの工程分業構造を形成している。その結果、国内産業の空洞化を来たしており、どのような経済構造と産業によって国内での雇用と所得を確保して行くのかということが課題になっている。課題の解決策は、相互連携した東アジアの経済構造において日本の特性を生かしてその役割を果すことである。
 日本の優位な第1の特性は、工業製品から農産品に至るまで、あらゆる生産物における細部にわたっての品質の高さであり、それを生み出すあらゆる労働場面での労働に対する誇り、厳しさ、責任感、協働意識などによってもたらされる労働の品質の高さにあり、日本ではそれが人間国宝的なものから建設現場における下請企業の作業にまでも認められる。これは日本社会の長い歴史の中で蓄積されてきた無形財産と言えるものである。ところが、現在これらの財産がグローバル化によるコスト競争に晒されて解体されようとしている。大企業では、米国仕込みの優秀な管理者によって数字による短期的な成果主義が持ち込まれて幅を利かせ、極端な言い方をすれば、優秀な管理者とマニュアル化された作業しかしない非正規労働者の組み合せで効率化を図ろうとしており、その結果高度な技術を支えていた職場が解体されようとしている。中小企業では、大企業から海外の低コスト部品との競争を強いられ、只々コスト削減を迫られた挙句に仕事量を減らされて休業・倒産し、その結果高度な技術を幅広く実質的に支えていた労働者がその生産効率が悪いとして路頭に迷わされようとしている。このような日本の高度な技術とそれを支えた労働をアジア世界で有効に活用できる対策が必要である。
 第2の特性は、日本がアジア世界で先行して産業の高度化を達成しており、比較的歴史は浅いけれども、最先端技術や高度な技術の蓄積と開発能力及びそれを支えるシステムが健在であり、一層強化するように技術的にバックアップし、トータルに支援するシステムを構築する必要がある。そのための人的・ソフト的なインフラはどのアジア諸国よりも充実している。したがって、最先端技術や高度な技術の開発によってアジアの発展に大きく寄与することができるはずである。
 これらの特性を有効に生かそうとしても、現状では多くの中小企業を含む国内企業群は対応能力を有していない。そこで、国内企業群と学際的に連携した大学群とが連携して東アジアを中心とする国際的視点をもったネットワークを形成し、産学連携によるグローバルな知見に基づいた市場創出型の技術革新・イノベーションを行う必要がある。このような企業ネットワークは、新しい時代の企業形態に対応するものとなる可能性が高い。また、国内の高度技術や最先端技術を有している企業間での連携を図ったり、高度サービス産業を育成するのが効果的であり、そのための誘導政策が求められる。また、それと関連付けてアジア諸国の研究者が日本に来てこれらの先端技術の研究に参加・寄与するシステムが必要である。人が日本に来て活躍する場を構築できずにアジア連携で日本が発展することはできない。また、それらの産業・企業を支えるために高等教育を拡充する必要もある。
 XIII.第1次産業の位置付け-FTAによる農産物自由化の対策
 新しい経済構造における第1次産業の位置付けに関して、現在既にそうであるように経済全体に対する第1次産業の相対的な比重は既に小さくなっており、さらに多少低下してもほぼ安定均衡状態になっていると言える。第1次産業で最も比重の大きい農業に関しては、アジア共同体の形成に向けてFTAを実施するため、その障害になっている農産物の自由化を図る必要があり、世界、特にアジアから安価な農産物が輸入されることは避けられない。しかし、食料安全保障の観点から農業の壊滅を防止し、緊急時には自給食糧によって最低限全国民の生存が可能な状態に国内農業を保持しておく必要があり、好ましくは米などの主要農産物は自由化しても競争力を持てるようにする必要がある。そのためには、農家の法人化・大規模化を実現して農業の生産効率を高め、品質を加味すれば対外競争力を持つ程度まで低コスト化を図る必要がある。因みに、現状は零細規模にも関わらず機械化システムが採用されていることで米作に必要な労働日数は極めて少なくなっており、技術的には高い生産効率が既に実現されている一方、経済的には極めて非効率となっている。
 対策としては、農業の参入規制を無くすとともに農地に流動性を持たせるために農地の所有規制を無くすことが必要である。さらに、山間部の狭小な農地と、現に業として耕作されている大規模な農地と、家庭菜園的な所定の広さ範囲までの農地に対しては固定資産税の税率を低くし、それ以外の農地に対しては比較的高い税率に設定し、非耕作大規模農地に対しては宅地並みの税率をかけ、さらに偽装耕作地に対しては懲罰的な高率に設定することで高い流動性を持つように誘導する必要がある。なお、FTAは速やかに実現する必要がある一方、このような制度の実現には時間がかかるので、それまでの経過措置として、内外価格差分を補填する所得保障制度を時限的に導入し、それと並行して制度の実現を図るべきである。
 また、他の対策として、生産する農産物の種類を、品質競争によって国内及び世界で市場を獲得することができる高品質の果物や野菜などにすることで価格競争に陥らずに済むようにする必要がある。また、国内の各生産地の特産を、インターネットなどの情報システムと物流システムを活用して産直販売を本格的に促進したり、特産物とその地域の環境・文化と観光・体験などのレジャー産業とを結合した地域独特の総合産業として構成したりして農業を自立できる産業にする必要がある。
 また、水産業でも、高度の鮮度保持が可能な最新の冷凍技術と情報システムと物流システムを活用することで国内外に新たな市場を開拓することができ、林業も、現在は外国産材とのコスト競争で沈滞しているが、将来的に木材資源の枯渇が予想されることから、間伐材の利用や観光・体験などのレジャー産業との結合を図るなどの工夫をすることで自立した産業にすることが可能と思われる。
 XIV.おわりに
 情報社会化の進展とグローバル化によりフォード・ケインズ・システムが崩壊しつつある中で、新自由主義的構造改革を経て、情報社会に向けて円滑に移行可能な新しい経済構造はどのようなものか、グローバル化する世界において日本の活性化はどうすれば達成できるのかという課題に対して一つの全体的な構造の提起を行った心算である。この提起に対しては、恐らく考察が大雑把で杜撰であるとか、知識不足による誤りが散見されるなどの批判が予想される。そのような批判は甘受するが、その場合卑見に代わる自らの総体的な構想をより豊富な知識と精確な考察によって提示して行ってもらえば、社会構造が展開して新しい社会構造を生み出すのに伴って噴出する矛盾の激化をより確実に緩和ないし解消できる質の高い構想が提起されることになるため有意義である。